ペアノの公理から「足し算」を作る|自然数上の加法の構成

2020/06/04

今日の目標

ペアノの公理から自然数上の足し算を構成する。

ペアノの公理とは

kureha
前回は集合からペアノシステムを作ったね
mizuha
再掲
定義

集合 $\NN$ とその要素 $0 \in \NN$ と写像 $s: \NN \rightarrow \NN$ の組 $(\NN, 0, s)$ で

(P1)
$s$ は単射
(P2)
$0 \not\in s[\NN]$
(P3)

$\NN$ の部分集合 $A$ が

$0 \in A$$s[A] \subseteq A$

を共に満たせば $A = \NN$

を満たすものをペアノシステムと呼ぶ。

mizuha
前回はペアノシステム $(\NN, 0, s)$ を構成したから
今日はそこから「足し算」を構成するね

ペアノの公理と数学的帰納法

kureha
(P3) って数学的帰納法のことだったよね
mizuha
ちゃんと書いとこうか
定理(数学的帰納法)

各 $n \in \NN$ に対する命題 $P(n)$ が2条件

Base Case
$P(0)$ は真である
Induction Step
各 $n \in \NN$ に対し
$P(n)$ が真ならば $P(s(n))$ も真
が成り立つ

を満たせば、各 $n \in \NN$ に対し $P(n)$ は真である。

証明

$A = \iset{n \in \NN}{ P(n) }$ とする。

$0 \in A$ であることは Base Case から分かる。

$s[A] \subseteq A$ であること、すなわち各 $n \in A$ に対し $s(n) \in A$ であることは Induction Step からわかる。

従って (P3) より $A = \NN$ であり、各 $n \in \NN$ に対し $P(n)$ が成り立つ。

mizuha
ちょっと使ってみようか
命題1

$\NN = \cbr{0} \cup s[\NN]$ であり、$\cbr{0} \cap s[\NN] = \varnothing$ である。

証明
$\NN = \cbr{0} \cup s[\NN]$ であること

各 $n \in \NN$ に対し $n \in \cbr{0} \cup s[\NN]$ であることを $n$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

$0 \in \cbr{0} \cup s[\NN]$ は自明。

Induction Step

$n \in \cbr{0} \cup s[\NN]$ とすると $s(n) \in s[\NN] \subseteq \cbr{0} \cup s[\NN]$ である。

$\cbr{0} \cap s[\NN] = \varnothing$ であること

(P2) から自明。

mizuha
自然数が「0」か「何かの次の数」で
きっちり分けられることがわかった

ペアノの公理から加法を構成する

mizuha
さて今日のメインテーマ
定理(加法の存在)

写像 $+: \NN \times \NN \rightarrow \NN$ で

(I)
$n + 0 = n \qquad (n \in \NN)$
(II)
$n + s(m) = s(n + m) \qquad (n,m \in \NN)$

を満たすものが存在する。

kureha
「$n + 0$ は $n$ で定義」
「$n + m$ が定義されてたら $n + s(m)$ を $s(n + m)$ で定義」
kureha
……で終わりじゃないの?
mizuha
いわゆる再帰的定義ってやつだね
mizuha
直感的にはそれでいいんだけど
mizuha
集合論から見た厳密な推論で
「再帰的定義」をちゃんと正当化するのは
実はわりと大変で
mizuha
一般的な再帰的定義の正当化は大変だから
とりあえず今日は
加法の再帰的定義の正当化だけ
帰納法で直接やっちゃおう
kureha
はーい
mizuha
まず変数が2個あって厄介だから分離しとくね
定義

集合 $X, Y$ に対し $X$ から $Y$ への写像全体の集合を $\mathcal{M}(X, Y)$ と書く。

補題

写像 $F: \NN \rightarrow \mathcal{M}(\NN, \NN)$ で

(I)
$F(n)(0) = n \qquad (n \in \NN)$
(II)
$F(n)(s(m)) = s(F(n)(m)) \qquad (n,m \in \NN)$

を満たすものが存在する。

mizuha
これが示せたら
$+: \NN \times \NN \rightarrow \NN$ は
$n + m = F(n)(m)$ とすればいい
mizuha
そしてこの写像 $F$ の存在を言うには次を言えばいい
補題

各 $n \in \NN$ に対し、次の2条件を満たす写像 $f: \NN \rightarrow \NN$ が唯一つ存在する。

(i)$_{n}$
$f(0) = n$
(ii)
$f(s(m)) = s(f(m)) \qquad (m \in \NN)$
mizuha
これが示せたら
$F = \iset{(n, f)}{f \text{ は(i)${}_n$,(ii)を満たす}}$
で写像 $F$ を作れる
kureha
$F$ を「写像」にするために
$f$ の一意性も示さなきゃいけないわけか
mizuha
選択公理使えば
一意性示さなくても
条件を満たす写像列 $\cbr{f_n}_{n \in \NN}$ を取って
$F(n) = f_n$ で終わりだけど
mizuha
こんな基礎的なところで選択公理使いたくないよね
証明

まず各 $n$ に対し (i’)$_{n}$, (ii’) を満たす $f$ が存在することを $n$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

写像 $f$ を $f(m) = m$ で定めれば、これは (i’)$_{0}$ も (ii’) も満たす。

Induction Step

(i’)$_{n}$, (ii’) を満たす写像 $f$ が存在するとき、写像 $f_+$ を $$f_+(m) = s(f(m))$$ で定め、これが (i’)$_{s(n)}$ と (ii’) を満たす写像であることを確かめる。

$f_+$ が (i’)$_{s(n)}$ を満たすことは $$f_+(0) = s(f(0)) = s(n)$$ から分かる。 $f_+$ が (ii’) を満たすことは \begin{align*} f_+(s(m)) &= s(f(s(m))) \\&= s(s(f(m))) \\&= s(f_+(m)) \end{align*} から分かる。

次に一意性をしめす。$n$ を固定し $f_1, f_2$ がともに (i)${_n}$, (ii) を満たすとする。各 $m \in \NN$ に対し $f_1(m) = f_2(m)$ であることを $m$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

どちらも (i)${_n}$ を満たすので $f_1(0) = n = f_2(0)$ である。

Induction Step

$f_1(m) = f_2(m)$ であるとすると、どちらも (ii) を満たすので $$f_1(s(m)) = s(f_1(m)) = s(f_2(m)) = f_2(s(m))$$ である。

加法の一意性の証明

mizuha
一意性も示しとこうか
定理(加法の一意性)

写像 $+: \NN \times \NN \rightarrow \NN$ で

(I)
$n + 0 = n \qquad (n \in \NN)$
(II)
$n + s(m) = s(n + m) \qquad (n,m \in \NN)$

を満たすものは唯一つ。

証明

(I), (II) を共に満たす2つの写像 $+, \mathrel{\dot{+}}$ を任意に取る。このとき

各 $n, m \in \NN$ に対し $n + m = n \mathrel{\dot{+}} m$

となることを $m$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

$+$ も $\mathrel{\dot{+}}$ も (I) を満たすので $n + 0 = n = n \mathrel{\dot{+}} 0$ である。

Induction Step

$n + m = n \mathrel{\dot{+}} m$ であるとする。$+$ も $\mathrel{\dot{+}}$ も (II) を満たすので $$n + s(m) = s(n + m) = s( n \mathrel{\dot{+}} m) = n \mathrel{\dot{+}} s(m)$$ である。

1+1=2 の証明

kureha
$s(0) + s(0)$ を計算すると……
$$s(0) + s(0) = s(0 + s(0)) = s(s(0))$$
kureha
$1 + 1 = 2$ が出てきた

加法の可換モノイド性

mizuha
足し算の基本的な性質
つまり $(\NN, +)$ が可換モノイドってことを確認しよう
kureha
可換モノイドって何だっけ
定義

集合 $X$ と写像 ${}\cdot{}: X \times X \rightarrow X$ の組 $(X, {}\cdot{})$ が

単位元の存在

ある $e \in X$ が存在して、各 $x \in X$ に対し

$x \cdot e = e \cdot x = x$

結合率

各 $x, y, z \in X$ に対し、 $$x \cdot (y \cdot z) = (x \cdot y) \cdot z$$

を満たすとき $(X, {}\cdot{})$ はモノイドであるといい、更に

可換性

各 $x, y \in X$ に対し、 $$x \cdot y = y \cdot x$$

も満たすとき $(X, {}\cdot{})$ は可換モノイドであるという。

mizuha
まず単位元の存在
命題2

$0$ は $(\NN, +)$ の単位元である。すなわち、各 $n \in \NN$ に対し $$n + 0 = 0 + n = n$$ が成り立つ。

証明

$n + 0 = n$ は自明。$0 + n = n$ を $n$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

(I) より $0 + 0 = 0$ である。

Induction Step

$0 + n = n$ であるとする。このとき (II) より $$0 + s(n) = s(0 + n) = s(n)$$ となる。

mizuha
次は可換性
……の前に一つ補題を
補題

各 $n, m \in \NN$ に対し $$s(n + m) = s(n) + m$$ が成り立つ。

証明

$m$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

(I) より $s(n + 0) = s(n) = s(n) + 0$ である。

Induction Step

$s(n + m) = s(n) + m$ であるとする。このとき \begin{align*} s(n + s(m)) &= s(s(n + m)) \\&= s(s(n) + m) \\&= s(n) + s(m) \end{align*} を得る。

命題3

$(\NN, +)$ は可換性を持つ。すなわち各 $n, m \in \NN$ に対し $$n + m = m + n$$ が成り立つ。

証明

$m$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

$0$ は $(\NN, +)$ の単位元なので(命題2) $n + 0 = 0 + n$ である。

Induction Step

$n + m = m + n$ であるとすると、補題も用いて \begin{align*} n + s(m) &= s(n + m) \\&= s(m + n) \\&= s(m) + n \end{align*} を得る。

mizuha
最後に結合律
命題4

$(\NN, +)$ は結合性を持つ。すなわち各 $n, m, \ell \in \NN$ に対し $$(n + m) + \ell = n + (m + \ell)$$ が成り立つ。

証明

$\ell$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

$0$ は $(\NN, +)$ の単位元なので(命題2) $$(n + m) + 0 = n + m = n + (m + 0)$$ である。

Induction Step

$(n + m) + \ell = n + (m + \ell)$ であるとする。このとき \begin{align*} (n + m) + s(\ell) &= s((n + m) + \ell) \\&= s(n + (m + \ell)) \\&= n + s(m + \ell) \\&= n + (m + s(\ell)) \end{align*} である。

kureha
命題2~4をまとめると
定理

$(\NN, +)$ は可換モノイドである。

その他の性質

mizuha
今後どこかで使いそうな足し算の性質を書いとくね
命題

自然数 $n, m$ が $n + m = 0$ を満たすならば $n = m = 0$ である。

証明

もし $m \neq 0$ ならば、$m = s(k) \ (k \in \NN)$ と表すことで $$n + m = n + s(k) = s(n + k) \neq 0$$ となる。つまり $n + m = 0$ ならば $m = 0$ であり、このとき $n = 0$ である。

命題

自然数 $n, k_1, k_2$ が $n + k_1 = n + k_2$ を満たすならば $k_1 = k_2$ である。

証明

$n$ についての数学的帰納法で示す。

Base Case

$0 + k_1 = k_1$ と $0 + k_2 = k_2$ より従う。

Induction Step

$s(n) + k_1 = s(n) + k_2$ とすると $s(n + k_1) = s(n + k_2)$ であり、$s$ の単射性より $n + k_1 = n + k_2$ を得る。よって帰納法の仮定より $k_1 = k_2$ である。

自然数 $n, m$ に対し、$n + k = m$ となる $k \in \NN$ は存在すれば唯一つである。

証明

$n + k_1 = m$ かつ $n + k_2 = m$ ならば $n + k_1 = n + k_2$ となり $k_1 = k_2$ である。

自然数 $n, k$ に対し、$n + k = n$ ならば $k = 0$ である。

証明

$n + k = n + 0$ より $k = 0$ となる。