鳩ノ巣原理を証明する|有限集合の定義

2020/06/15

今日の目標

有限集合を定義し、鳩の巣原理とその双対・逆・双対の逆を示す。

鳩の巣原理とは

kureha
鳩の数が巣の数より多いときに
全ての鳩を巣に入れたら
2羽以上鳩が入ってる巣が絶対ある
ってのだっけ

mizuha
定式化するなら
鳩の集合を $A$、巣の集合を $B$ として
$A$ の要素数が $B$ の要素数より真に大きいとき
$A$ から $B$ への対応 $f: A \rightarrow B$ をどのように与えても
$f(a_1) = f(a_2)$ となる2羽の鳩 $a_1 \neq a_2$ がいるって感じかな
kureha
つまり $A$ から $B$ への写像は単射にはならないってことか
定理(鳩の巣原理)

有限集合 $A, B$ に対し、$\abs A \gt \abs B$ ならば $A$ から $B$ への単射は存在しない。

mizuha
今日はこれを証明するよ
kureha
直感的に明らかだし
すぐ終わるんじゃないの?
mizuha
ともーじゃん?

有限集合とは

kureha
定理に書いてある $\abs A$ って……
mizuha
$A$ の要素数
これから定義するね
mizuha
いやその前に「有限集合」から定義しようか
mizuha
そもそも「有限集合」ってなんだと思う?
kureha
$\cbr{a_1, \ldots, a_n}$ って書ける集合……とか?
mizuha
つまり?
kureha
$\cbr{1, \ldots, n}$ と 1 対 1 になる集合
mizuha
いいね
記法

自然数 $n \in \NN$ に対し、$[n]$${} = \iset{i \in \NN}{1 \leq i \leq n}$ と書く。

kureha
$[n] = \cbr{1, \ldots, n}$ だね
mizuha
$[0] = \varnothing$ ってことに注意
定義

集合 $X$ が有限集合であるとは、

ある自然数 $n$ に対し、全単射 $f: [n] \rightarrow X$ が存在する

こととする。有限集合でない集合を無限集合と呼ぶ。

$\cbr{2,3,5}$ は有限集合。実際 $f: [3] \rightarrow \cbr{2,3,5}$ を

$f(1) = 2 \qquad f(2) = 3 \qquad f(3) = 5$

で定義すると $f$ は全単射。

mizuha
もちろん $[n]$ は有限集合
恒等写像 $\text{id}_{[n]} : [n] \rightarrow [n], \ \text{id}_{[n]}(i) = i$ が
全単射だからね
kureha
$n = 0$ のときも?
mizuha
うん
空関数 $\varnothing : \varnothing \rightarrow \varnothing$ は全単射だから
mizuha
あ 空関数について少し復習しとくと
mizuha
空でない集合 $A, B$ に対し
$\varnothing$ から $B$ への写像は唯一つ存在して 単射だけど全射じゃない
$\varnothing$ から $\varnothing$ への写像は唯一つ存在して 全単射
$A$ から $\varnothing$ への写像は存在しない
mizuha
詳しくはこちら↓

mizuha
あと単射・全射に関する基本性質を
いろいろ使うから
慣れてない人はこっちを
ざっと眺めとくといいかもです↓
mizuha
「単射と単射の合成は単射」
「全射と全射の合成は全射」
「全単射が存在したら逆写像が存在して全単射」
「$X\neq\varnothing$ で単射 $X \rightarrow Y$ が存在したら
 全射 $Y \rightarrow X$ が存在する」
とかを使うよ

有限集合の「要素数」とは

mizuha
有限集合 $X$ に対して要素数 $\abs X$ を定義しようか
kureha
全単射 $f: [n] \rightarrow X$ が存在するような
自然数 $n$ があるから
その $n$ を $\abs X$ として定義したらいいんじゃないの?
mizuha
まあそうなんだけど well-defined のチェックがいるね
mizuha
もし異なる2つの自然数 $n,m$ に対して
全単射 $f: [n] \rightarrow X$ も
全単射 $g: [m] \rightarrow X$ も
存在するようなことがあったら
それは定義として破綻してる
mizuha
まあそんなことは直感的にあり得ないんだけど
あり得ないことをちゃんと証明しなきゃね
kureha
方針としては
全単射 $f: [n] \rightarrow X$ と全単射 $g: [m] \rightarrow X$ があると仮定すると
全単射 $g^{-1} \circ f: [n] \rightarrow [m]$ が作れて
そこから矛盾を導く とかかな?
mizuha
$[n]$ から $[m]$ への全射があるときの $n$ と $m$ の関係と
$[n]$ から $[m]$ への単射があるときの $n$ と $m$ の関係を
チェックしてみようか

mizuha
まずは全射
命題1

自然数 $n,m$ に対し、$[n]$ から $[m]$ への全射が存在するならば $n \geq m$ である。

証明

各 $n \in \NN$ に対し、命題

各 $m \in \NN$ に対し「$[n]$ から $[m]$ への全射が存在するならば $n \geq m$」

を $n$ についての数学的帰納法で示す。
Base Case

$[n]$ から $[m]$ への全射が存在するとする。いま $[n] = [0] = \varnothing$ だが、空集合から空でない集合への写像は全射ではないので

$[m]$ は空集合

である。よって $m = 0$ であり、$n \geq m$ が成立。

Induction Step

全射 $f: [n + 1] \rightarrow [m]$ が存在するとして $n + 1 \geq m$ を示す。$[n + 1] \neq \varnothing$ であるが、空でない集合から空集合への写像は存在しないので $m \geq 1$ であることに注意。

$f$ の $[n]$ への制限写像を $\tilde{f}$ とする。すなわち $$\tilde{f}: [n] \rightarrow [m], \qquad \tilde{f}(i) = f(i) \quad (i \in [n])$$ である。

$f(k) = f(n + 1)$ となる $k \in [n]$ が存在するとき

$\tilde{f}$ の全射性を示す。 $\ell \in [m]$ を任意に取る。このとき $f$ の全射性より

$f(i) = \ell$ となる $i \in [n + 1]$ が存在

する。ここで

  • $i \lt n + 1$ のとき、$\tilde{f}(i) = f(i) = \ell$
  • $i = n + 1$ のとき、$\tilde{f}(k) = f(k) = f(n + 1) = \ell$

となるので $\tilde{f}: [n] \rightarrow [m]$ は全射。よって帰納法の仮定より $n \geq m$ となり $n + 1 \geq m$ を得る。

$f(k) = f(n + 1)$ となる $k \in [n]$ が存在しないとき

$a = f(n + 1)$ とする。$\tilde{f}(k) = a$ となる $k \in [n]$ は存在しないので、終域を制限した写像 $$\tilde{f}: [n] \rightarrow [m] \setminus \cbr{a}$$ を考えることができ、これが全射であることは $f$ の全射性から分かる。

写像 $g: [m] \setminus \cbr{a} \rightarrow [m-1]$ を $$g(i) = \begin{cases} i & (\text{$i \lt a$ のとき})\\ i – 1 & (\text{$i \gt a$ のとき}) \end{cases}$$ とすると $g$ は全射なので $g \circ \tilde{f}: [n] \rightarrow [m-1]$ も全射である。よって帰納法の仮定より $n \geq m – 1$ であり $n + 1 \geq m$ を得る。

kureha
言ってることは当たり前のことなのに
ちゃんと証明書くと長いなあ……

mizuha
次は単射
mizuha
「単射があれば逆向きの全射がある」を使うと楽
命題2

自然数 $n,m$ に対し、$[n]$ から $[m]$ への単射が存在するならば $n \leq m$ である。

証明
(i)
$n = 0$ のとき

結論 $n \leq m$ が常に成立。

(ii)
$n \geq 1$ のとき

$[n] \neq \varnothing$ であること、そして $[n]$ から $[m]$ への単射が存在することから、$[m]$ から $[n]$ への全射も存在する。よって命題1より $m \geq n$ である。


mizuha
準備ができたので well-definedness を示そう
命題3

有限集合 $X$ に対し、全単射 $f: [n] \rightarrow X$ が存在するような自然数 $n$ はただ一つである。

証明

自然数 $n,m$ に対し、全単射 $f: [n] \rightarrow X$ と $g: [m] \rightarrow X$ が存在するとする。このとき $$g^{-1} \circ f: [n] \rightarrow [m]$$ も全単射。よって命題1と命題2より $n \geq m$ かつ $m \geq n$ となり、$n = m$ を得る。

定義

有限集合 $X$ に対し、全単射 $f: [n] \rightarrow X$ が存在するような(唯一つの)自然数 $n$ を $X$ の要素数と呼び $\abs X$ と書く。

自然数 $n$ に対し $\abs{[n]} = n$ である。実際、恒等写像 $\text{id}_n: [n] \rightarrow [n]$ は全単射である。

鳩の巣原理の証明

mizuha
鳩の巣原理を示すよ
定理(鳩の巣原理)

有限集合 $A, B$ に対し、

$\abs A \gt \abs B$ ${}\implies{}$ $A$ から $B$ への単射は存在しない

鳩の巣原理の証明

$n = \abs A$ および $m = \abs B$ とし、全単射 $g_A: [n] \rightarrow A$ と $g_B: [m] \rightarrow B$ を取る。もし単射 $f: A \rightarrow B$ が存在すれば、 $$g_B^{-1} \circ f \circ g_A: [n] \rightarrow [m]$$ も単射になり、命題2より $n \leq m$ となり矛盾。

鳩の巣原理の双対

kureha
いま「$\abs A \gt \abs B$ なら $A$ から $B$ への単射が無い」を示したけど
kureha
「$\abs A \lt \abs B$ なら $A$ から $B$ への全射が無い」も示せるのでは
mizuha
確かに
定理(鳩の巣原理の双対)

有限集合 $A, B$ に対し、

$\abs A \lt \abs B$ ${}\implies{}$ $A$ から $B$ への全射は存在しない

鳩の巣原理の双対の証明

$n = \abs A$ および $m = \abs B$ とし、全単射 $g_A: [n] \rightarrow A$ と $g_B: [m] \rightarrow B$ を取る。もし全射 $f: A \rightarrow B$ が存在すれば、 $$g_B^{-1} \circ f \circ g_A: [n] \rightarrow [m]$$ も全射になり、命題1より $n \geq m$ となり矛盾。

kureha
これはつまり
鳩の数より巣の数の方が多いなら
空の巣が絶対にあるってことか

鳩の巣原理の逆

kureha
鳩の巣原理って逆も成り立つのかな?
kureha
つまり「$A$ から $B$ への単射が無いなら $\abs A \gt \abs B$」
っていう命題
mizuha
成り立ちそうだよね
定理(鳩の巣原理の逆)

有限集合 $A, B$ に対し、

$A$ から $B$ への単射が存在しない ${}\implies{}$ $\abs A \gt \abs B$

鳩の巣原理の逆の証明

$n = \abs A$ および $m = \abs B$ とする。対偶を示す。つまり $n \leq m$ を仮定し、$A$ から $B$ への単射を構成する。

全単射 $g_A: [n] \rightarrow A$ と $g_B: [m] \rightarrow B$ を取り、写像 $h: [n] \rightarrow [m]$ を $h(i) = i$ で定義すると $h$ は単射。よって $$g_B \circ h \circ g_A^{-1}: A \rightarrow B$$ も単射である。

mizuha
結局 鳩の巣原理と鳩の巣原理の逆から
次が言えるわけだね
系(有限集合間の単射の存在性)

有限集合 $A, B$ に対し、

$\abs A \leq \abs B$ $~\iff~$ $A$ から $B$ への単射が存在する

鳩の巣原理の双対の逆

kureha
じゃあ双対の逆
「$A$ から $B$ への全射が存在しないなら $\abs A \lt \abs B$」
も言えるかな?
mizuha
ただ注意しないといけないのが
空でない集合から空集合への写像は
そもそも存在しないということ
mizuha
$\cbr{1}$ から $\varnothing$ への全射は存在しないけど
$\abs{\cbr{1}} \gt \abs \varnothing$ になって反例になるから
こういう状況は取り除かないと
定理(鳩の巣原理の双対の逆)

$B \neq \varnothing$ なる有限集合 $A, B$ に対し、

$A$ から $B$ への全射が存在しない ${}\implies{}$ $\abs A \lt \abs B$

鳩の巣原理の双対の逆の証明

$n = \abs A$ および $m = \abs B$ とする。$B \neq \varnothing$ より $m \geq 1$ である。 対偶を示す。つまり $n \geq m$ を仮定し、$A$ から $B$ への全射を構成する。

全単射 $g_A: [n] \rightarrow A$ と $g_B: [m] \rightarrow B$ を取り、写像 $h: [n] \rightarrow [m]$ を $$h(i) = \begin{cases} i & (\text{$i \in [m]$ のとき})\\ 1 & (\text{$i \not\in [m]$ のとき})\\ \end{cases}$$ で定義する。$m \geq 1$ なので $1 \in [m]$ であることに注意。$h$ は全射であり、よって $$g_B \circ h \circ g_A^{-1}: A \rightarrow B$$ も全射である。

mizuha
で 鳩の巣原理の双対と鳩の巣原理の双対の逆から
次が言える
系(有限集合間の全射の存在性)

$B \neq \varnothing$ なる有限集合 $A, B$ に対し、

$\abs A \geq \abs B$ $~\iff~$ $A$ から $B$ への全射が存在する

注意

$A \neq \varnothing$ かつ $B = \varnothing$ のとき、$\abs A \geq \abs B$ であるが $A$ から $B$ への全射は存在しない。


mizuha
他の有限集合の基本的な性質は ↓